僕の中のあいつ 第一部 第八章
 犯人達の指定して来た日の前日、僕は朝から清水さんと喧嘩していた。

「行かせて下さい!」

「駄目だっつってんだろうが!何回言ったらわかるんだ!」

 そんな、やり取りが、何回続いたのだろう。僕も清水さんも息を切らしている。犯人達の指定通りにいきたい僕と、そんな危ない事には行かせられないと言う泉寺側、双方の妥協案は出てこない。

「お前、今の自分の状態解ってんだろ?ろくに歩けもしねぇくせに……医者だって、絶対安静だって言ってんだ。俺達に任せて大人しく待ってろ!」

「でも!僕は優と約束したんだ!絶対助けに行くからって!」

「もう方針は決まってんだ!お前に背格好が似てる奴も既にスタンバイしている!モニターだけは持って来てやるから大人しく病室で寝てろ!」

 そう言って、彼は荒々しくドアを閉め、出ていってしまった。美里と美幸が心配そうな顔付きでよってくる。今迄僕達の余りの剣幕にビビってしまい病室の外に避難していたのだ。

「あのさ……明兄ぃ……オイラもその怪我じゃ無理だと思うよ……」

「そうですよ、明さんに万一の事があったら御両親が悲しみますし、優様がもっと悲しみます。だから今回はこちらに任せて頂けませんか?」

 美里達も、僕の行動には反対らしい。

「でも僕の気持ちは知っているだろ?」

「充分すぎる程に……だからこそ言っているんです。明さんが無茶をするんじゃないかって……私だって出来れば行って欲しいんです」

「だって明兄ぃってばさ、オイラ達の事も抱いてくれるけどさ、やっぱり優ちゃんを見てる時って何か違うんだよな。だから優ちゃんの顔を見た途端に逆上しちゃうよ、きっと……」

 確かにそうだろう、それは自分が一番解っている。しかし、だからこそ自分が指定された時にチャンスを見たのだ。

「ちょっと、外の空気を吸いたいな……。美里、連れて行ってくれないか」

 僕は、上体を起こす。この1週間で上体を起こし、車椅子で外に出る位は出来る様になっていた。ただ、医者や看護婦に見つかると後でこっぴどく叱られるのだが……。

 美里に車椅子を押してもらい、屋上でひなたぼっこをする。こういう状況になると、矢鱈に外の空気が吸いたくなるのは何故なのだろう?僕は晴れ上がった空を見ながらそう思った。

「明さん……何を考えているんですか?」

「いや、ちょっとね……。やっぱり外はいいなぁってね」

「そうですか……」

「なぁ美里達は僕の身替わりの人の事は知っているのか?」

「いえ、その話は初耳でした」

「でも明兄ぃもすげーよなぁ。あのチーフと面と向かって喧嘩すんだもんなぁ。あんなに興奮して大声出してるチーフって初めて見たよ。オイラ達恐くって近寄れなかったもん」

 はっきり言って、僕は優の事で頭の中が一杯だったので、それ所ではなかったのだ。もし普通の時だったら、僕だってビビりまくっていただろう。

「優様も、幸せですよ。こんなに愛してくれる人がいるんですから……。だから早く無事に帰って来て欲しいですよね」

 美里は、涙声になって来ている。未だに自分の責任を感じているのだ。僕は、美里の頭を左腕で自分の胸に抱いてやる。少し傷に響くが、今はこの子を落ち着かせてやりたかった。

「明さ〜ん」

 美里は我慢出来なくなったのか、大声を上げてわんわん泣きだした。

 包帯に温かい涙がしみてくる。

「明兄ぃ……オイラもいいか?」

 見ると、美幸も泣いている。

「おいで、スッキリする迄泣いちゃえよ」

 僕はギプスで固定されて肘の曲げられない方の手で美幸の頭をかき抱く。

「明兄ぃ、オイラ達なんにも出来ないんだ……」

「そんな事ないさ、少なくとも、今の僕の支えになってくれている。だからなんにも出来ないなんて事はないよ」

 二人は顔をあげる。

「本当に?」

「あぁ、本当さ」

 僕は交互に二人の目に溜まっている涙を舐めてやり、そして優しくキスをする。

「だからそんなに自分を責めないで……」

 誰かが言った様な台詞を僕は二人に言う。

 う……うぇぇぇ……

 そして二人は、僕の胸で何分もの間大声で泣き続けた。


 夕方、病室はにわかに騒がしくなった。

大きめのモニターが運び込まれて来たのだ。

僕が楽な姿勢で見る事ができる様にセットされる。電源が入れられるとビルの屋上かどこかに置いてあるカメラから指定場所らしき廃屋が映し出される。ISSの行動力はたいした物だ。こうと決まったら既に動いている。

「あのさ、ここって指定場所なんだよね」

 僕の質問にモニターを設置に来たISSの若い職員が答える。

「そうですね。T市の米軍基地跡の廃屋の一つです」

「何でここって判るんだい?廃屋って言ったって幾つもあるんでしょ?」

「この廃屋だけ、赤外線反応が有るんですよ、大体大人2人分位のね。だからここが一番怪しいんです」

 そうか、犯人の一部はもうここにいるんだ。

「優は無事なのかな……」

「まだ、それは確認出来ていません。でもここには居ない様ですよ」

「……そう……」

「日野さん、今は指令が出ていないので音声は入りませんが、明日になれば指令用の無線は全て聞く事が出来ますので……何も動かない画像じゃつまらないでしょう電源を切っておきますよ」

「いや、そのままにして置いてくれますか」

「良いんですか?」

「ええ」

「じゃ、これがリモコンスイッチになりますんで」

 ISSの若い職員はスイッチを僕に渡して去っていった。

 深夜、僕がモニターをジッと見ていると人陰が廃屋の中に入って行くのが映し出された。それと同時に指令無線が騒がしくなる。

『只今、指定場所に賊らしき人陰発見……』

『本部了解、人数を把握せよ……』

 その無線を聞いて、美里も美幸も飛び起きた。

「何かあったの?」

「うん、あっちに動きがあったみたいだ」

『本部へ、人数は5人……優様の姿を確認……優様は無事な様子……』

『本部了解、本部より狙撃隊及び突入隊へ、賊に悟られない様、細心の注意を払い配置につけ……』

 そんな指令が次々に出される。僕達は素直に優が無事だった事を喜んだ。

 でも狙撃隊だの突入隊だのってとんでもない事になってるなぁ。

「おい、美里。ISSってのは軍隊か?」

「日本では滅多な事じゃ動きませんね、でも今回は非常事態ですから……前にチーフが世界中から腕利きを集めてるって言ってましたでしょ」

「実践経験のある奴を集めたと思うよ。チーフなんかもっと凄いよ。年に何回もアメリカに行って特殊部隊の訓練してるって噂だよ」

「だって、警察は?」

「何か、上から押さえつけたみたいだよ。第一警察が動いていたら、ここにも刑事さんが事情聴取に来るって」

 そういやそうだ。ここには警官の一人とて来なかった。

「私も詳しくは知りませんけど、自衛隊よりもよっぽど腕のたつ人間と装備を投入しているそうですよ。だから明さんは安心していて下さい」

 指令無線がそのままの態勢保持を指示した。各班から了解の返答が入り再びモニターには無音状態が訪れる。

「さぁ、もう寝ましょう。あまり起きていると明日に差し支えますから」

 そう言って、モニターのスイッチを切る。

 僕も優の無事が確認された事により少し安心した。ふっと気が弛んだら猛烈な睡魔が襲ってきた。僕はそれに身を委ね深い眠りについた。


 いよいよ、当日……朝、清水さんが状況説明をしにやってきた。

「今、指定場所にいると思われる人数は6〜7人、その中に坊も含まれている……坊はまだ無事らしい。人員配置は狙撃班が1キロ離れたビルに4人。5キロ離れて攻撃ヘリが2機。突入班が20人。それに米偵察衛星を借り切って監視している。もし洋上に逃亡した場合でも、米大平洋艦隊の協力を得て、坊の身の安全が確認出来た瞬間に彼奴等は火の玉だ。泉寺に刃向かう者の末路だな」

「何か、軍隊顔負けですね」

 僕は顔をひきつらせながら言う。

「世界に散らばっているISSの内のほんの一部だぜ。警備会社なんてのは表の顔の、それも微々たるもんさ」

 IZUMICの経済力がそれほどだと言う事なのだろう。

「あんちゃんも、安心してモニターでも見てな、映画でも観てる気分でよ」

 僕がそんな気分になれる訳無いじゃないか。

 清水さんの久しぶりに聞く大笑いに多少安心しながらそんな事を思う。

「じゃ、俺は行くからよ。ちゃんと寝てるんだぜ?」

「はい、わかりました」

 しかしこの観測は甘かった事を後になって思い知らされた。

 正午近く、指令無線が慌ただしくなってきた。美里も美幸も僕の横で食い入る様にモニターを観ている、二人には危ない現場なので清水さんが強制的にここに残したのだ。二人とも駄々を捏ねて迄行くと言っていたのだがさすがに清水さんの一喝で気勢を殺がれてしまったのだ。

「もうすぐですね、明さん」

「きっとチーフ達は上手くやってくれるよ、明兄ぃ」

「そうだな」


 正午、一つの電動車椅子が廃屋に向かって近寄る。車椅子には大きなアタッシュケースが二つ程縛られている。おそらく逃走資金だろう。それと同時に二人の男と優が現われる。

『狙撃隊、坊の解放と同時に賊を狙撃せよ。』

 清水さんの指示が無線から聞こえる。

 一人の男は優に拳銃を突き付けている。そしてもう一人は辺りに気を配り、SMGを構えている。

 カメラにセットされた指向性マイクのスイッチが入れられ、犯人達の会話が聞こえてきた。

『現金はここに持ってきた。後五分位で輸送ヘリも来る。だから優君を離せ。』

『そうはいかないね、今解放したら俺達ゃ狙撃されるだろうからな。それにお前が本当にあの時の若造かも判ったもんじゃねぇしよ。』

『何を言う!僕は本当に日野明だ!そうだろう優君。』

 何かきな臭くなってきたぞ……指令塔からも動揺の気配が感じられる。

『じゃぁ、本人に聞いてみるか。坊や、この人は本当に君と一緒に居た人かい?』

 優、頼む!うんと言ってくれ!僕は祈らずにはいられなかった。しかしその祈りは届かなかった。

 優は首を横に振る!そんな!優?

『坊やは違うってよ!約束が違うな!』

 SMGを構えていた男が、身替わりの人に向かって3点斉射をする。もんどりうって転がる僕の身替わり……

『おい!どうせどっかで隠れていやがるんだろ?良く聞きな!今お前達は約束を破った!しかし俺達は寛大だ!後12時間の間に本物を連れて来い!それとペナルティーで後20億だ!その間ヘリに燃料を積んで置け!今度たばかったら只じゃおかねぇぞ!』

 そして、優に大振りのナイフを渡す。

『おい、坊や俺達の本気を見せてやんな!』

 何をするつもりだ?

 優は、上着を脱ぎ上半身裸になる、そして……自分の右胸から左の脇腹に向かってナイフを走らせる。一旦赤い線が斜めに走りツツーッと鮮血が滴り落ちる!

「優!」

 僕は思わず叫んでいた。二人はその光景を見ていられずに目を背け、ギュッと目を閉じている。

『おい!狙撃班!賊の奴等を狙えるか?』

『無理です、仕留める事は出来ますが優様も確実に撃たれます!』

 ガシャッ……

 清水さんがマイクを叩き付けたのだろう。

『各班その場で待機っ!明、聞こえているだろう?今から行く……』

 悔しそうな清水さんの声が聞こえ、それっきり無線は聞こえなくなっていた。

 モニターでは男達と優が廃屋の中へ入って行くのが映っている。

「……何で……」

 僕はその一言しか言えなかった。


 2時間後……

 清水さんはこの病室に来ていた。重吉翁も一緒だ。

「済まなんだ、明君。もう君を巻き込む事はしないつもりじゃったが……まさかあれが……」

「あの……撃たれた人は……」

「大丈夫。幸い弾が貫通したんでな、一命は取り留めたよ。しかし……坊があんな行動をするとは……」

「だから僕が行くって言ったじゃないですか……そうすればあの人も撃たれる事は無かったのに……」

「……清水よ……」

「何です?親爺」

「もし……今度、あれが妙な真似をしたら……構わん……賊ごと葬り去ってやってくれんか……」

「……親爺……」

 清水さんは絶句している。僕もその意見は到底承服出来る物では無かった。

「待って下さい!そんな事したって何の解決にもならないじゃ無いですか!優君は僕が助けます!もしそれが出来ないのなら……僕が優の事を……」

「……出来るのか?明……」

「明君、君はどうしてそこ迄あれの事を?」

「そっ、それは……」

 僕は、一瞬全てを告白してしまいそうになった。それを遮ったのはほかならぬ翁自身だった。

「言わんでええ、解った。全て明君、君に託そう……」

「有難うございます」

「清水よ。明君に万一の事が無い様な態勢を作ってやってくれい。儂は金の工面をしてくる」

 そう言って、翁は病室を出ていく。後には僕と清水さんの二人が残された。

「明、坊の事が好きなのか?」

 彼が僕の事を名前で呼ぶ時は極めて真面目な話をする時だ……僕は全てを話す事に決めた。

「はい……愛してます」

「……やっぱりそうか……」

「美里達はそれを知っていたんだな?」

「はい、知っていました。だからこそあの時僕達に遠慮して……彼等は悪く無いんです!僕が……」

「その事はいいよ……」

 暫くの間、病室を重苦しい沈黙が覆う。

「……解った。明、坊の事を絶対助け出してやってくれ。親爺は殺せって言っていたが、俺はあの命令だけは納得出来ねぇんだ。今はお前に頼む事しか出来ねぇ。頼む!」

 そう言って彼は拳をギュッと握り込む。

「はい、絶対に助け出してみせますよ。たとえ僕が死んでもね……」

「それは、許さん。二人とも生きて帰ってくるんだ……いいな」

「はい」

「さて、6時になったら支度をする。それ迄は寝ておけ」

「はい」

 そう言って、彼も病室を出ていく、これでここにいるのは僕一人になった。優の事を考えると眠る事など出来なかったが、無理矢理目を瞑り休息を取る事にした。思っていた以上に体力が無くなっているのが解っていたから……


 既に真っ暗になり、ライトアップされたヘリが一望出来る本部に僕は移送された。犯人達の要求で、闇に紛れて変な細工をされない様に電源車とサーチライトが用意されたのだそうだ。

 本部にはまだ新しい電動車椅子が置いてある。僕はその車椅子に付いている装備のレクチャーを受けていた。

「いいか、お前のギプスの中にスイッチが仕込んである、それは解っているよな。そいつを押すと前方に暴動鎮圧用の催涙ガスが噴出される。しかし使うのは坊の無事を確認してからにしてくれ」

 僕は頷く。

「そいつが噴出されたら、突入隊が救いに行く、だからあまり無茶するんじゃねぇぞ」

 僕はその車椅子に移され、迫りつつある刻限に緊張する。

 10分前、僕は廃屋の前に通じる道路へ移動し、廃屋への接近を開始する。ゆっくりと、しかし確実に廃屋は大きくなってくる。その度に僕の心臓はバクバクいっている。

 廃屋から、昼間の男達と優が出てきた。昼間の出血は治まっている。しかしとんでもない事に、今度は優は拳銃を口にくわえている。優の目は虚ろで意思の光が見られない。

 僕は無線のスイッチを相手に見つからない様にオンにした。

「今度は本物のようだな」

「お前ら……優に一体何をした」

 僕の声が怒りに染まる。

「坊やがあんまりお兄ちゃんお兄ちゃんってうるさいんでな、聞き分けの良くなるお薬を少し使ってやったんだよ」

 男はへらへらと笑っている。畜生!そんなもん使いやがって!

「貴様等ぁ!許さねぇ!優を返せ!」

「おぉ恐い、でもな、俺達の安全が確認される迄は返さねぇよ。それにちょっとでも変な事して見ろ。坊やは自分で引き金を引くぜぇ」

 明らかにこちらを馬鹿にしている。しかし迂闊な事をすると本当に優は自殺しそうだ。

 彼等は、僕の体や車椅子のチェックを始める。

「おい、こりゃ何だ!発信機と無線じゃねぇか!」

 僕の顔を銃の台尻で殴る。僕はボンベが見つからない様、神様に祈った。今度は願いを聞き入れてくれた様だ。

「坊や、俺達の後にヘリに乗るんだ。もしそれ迄に誰か撃たれたら即刻引き金を引くんだぞ」

 優はコクンと頷く、そして更に銃をしっかりとくわえる。

「優、止めてくれ……お願いだから……」

 僕は優に哀願する。しかし優は僕のいう事など聞きもしない。それが僕には悲しかった。

「へっ、今はお前の言う事なんか聞きゃしねぇよ。ほら!お前も乗るんだよ!」

 僕はヘリの中に乱暴に放り込まれる、その時車椅子から転げ落ち、その痛みで気を失ってしまった。


 気が付くと優が隣にいた。もう拳銃は手にしていない。しかし優は壊れた操り人形の様にペタンと座り込み、どこか明後日の方向を見ている。

「気が付いたようだな」

 男がニヤニヤと笑っている、吐き気を催す様な嫌な笑みだ。

「いつになったら僕達を解放するつもりだ……」

 男はわざと吃驚した様な顔を作る。

「解放?解放なんかしねぇよ。お前には死んで貰うぜ。坊やは身も心も俺達の物になってから返してやるのさ、そして俺達がIZUMICの支配者になるって訳だ!」

「なんだとぉ!」

「まぁそんなに怒るなよ、この世の見納めに良いもの見せてやっからよ!坊や、こっちに来な」

 そう言って優の事を立たせる。そして自分のズボンをずり下げた。

「ほら、坊や。お前の大好物だ。舐めな」

 ぴちゃ……

 優は、黙って男の物を口に含む。

「いいぜぇ、坊や。最高だぁ」

 男の怒張した物は僕の2倍もあるんじゃないかと思われる位大きかった。

「坊や、こっちに尻向けな、お前のお兄ちゃんによーく見える様にな」

 優は自分から男の物を導く。そして男は荒々しく腰を動かす。

「はひぃ……いいよぉ……お尻が気持ちいいよぉ!おじさん……もっと動かしてよぉ」

「やめろぉ!やめてくれぇ!」

 悲しかった。優がいいように玩具にされている……知らない男の物で歓喜の声を上げている……。その事実を認めたくなかった。

 男が優の事を抱え上げる。その時まだ完全にくっ付いていない傷口がパックリと開き赤い物が再び流れ出す。しかも優は男の動きの方に気がいってしまって全く気付いていない。

 ……止めて……優が……優が死んでしまう……

 しかし僕には為す術が無い……もう少しでも動けたら……あいつの事を殴り倒してでもその行為を止めさせていただろう、後にどういう結末が待っていようとも……。僕は悔しさの余り泣いていた。

「ほう、悔しいか?それとも嬉しいのか?涙なんか流しやがってよ。女々しいガキだぜ!心配しなくても今抱かせてやるよ」

 男は何かを優に言っている。優は喘ぎながら頷いていた。

 一体何をするんだ。男は優の中に放つと優を話しこっちにその穢らわしい顔を近付ける。

「寄るな……」

「まぁそう言うなよ……、同じガキを抱いた仲だろ?全部聞いたんだぜぇ……お前も好きだよなぁ!」

「何が言いたい!」

「ヘへヘ……今よ、あの坊やにお前の事天国に送ってやんなって言っといたからよ。可愛いあの子に殺されるんなら本望だろ。気持ちいい事して貰いながら死にな!」

「……な……」

「なんでそんな事するか知りたいか?お前の事俺達が殺すのは簡単だよ。だがそうしちまったらあのガキは俺達の言う事は聞かなくなるだろ?だから自分自身の手で殺させるのさ。あのガキは自分で一番好きな奴を殺してしまったって現実から逃げたくなる、そうすりゃお前……簡単に支配出来るってもんよ」

 男はべらべらと喋り、品の悪い笑い声をあげる。

「外道!」

 べっ……

 僕は男に唾を吐く。男はそれを拭いもせずに言葉を続けた。

「元気がいいねぇ。死にたく無かったら、このガキの事を先に殺すんだな。俺は気が小さいからよ、人が死ぬ所なんて見たら気絶しちまうんだ。二人で殺しあいな」

 そう言って、ひゃひゃひゃと笑って、前方のコクピットの方へ消えていく。貨物室には僕と優の二人が残された。


 優が近づき、僕の物を嬲り始める。僕は到底そんな気分になれないから、あそこは萎んでいる。

「優、僕だよ。明だよ……頼むよ、こんな事止めてくれよ」

 優は無言だ……、そして相変わらず股間を刺激している。そのうち、僕にはその気は無いのに、あの部分が勝手に大きく固くなってきてしまった。優はそれを見て嬉しそうにしゃぶり始める。そして、僕の上に跨がり、腰を使い始めた。優の出血は未だに止まらない。僕の体に巻かれた包帯に真っ赤な染みが出来始める。

「優……止めろ……死んじゃうぞ……早く手当てをしてくれよ.」

 そして……優の両手が僕の首に伸びる……。

 かはっ……

 両手は確実に僕の首を締め上げて来た。僕は息が出来ずにもがきだす。……でも、優の事を突き飛ばす事が僕にはどうしても出来なかった。

「ゆ……う……お……願い……正……気に……も……どって……」

 何とか声を絞り出し懇願する。その間も優は力を込めている。肺が、心臓が悲鳴を上げていた。目の前が真っ赤になってくる。耳鳴りがして頭がガンガンする。

 僕は優に殺されるんだ。不思議と気持ちがスッキリしていた。……なんかもういいや……

(優ちゃん、ゴメン。)

 朦朧とした意識の中、そんな声が聞こえた様な気がした。

 不意に優の力が抜ける。そしてクタッと、僕の上に崩れ落ちた。

 けほっ……げほっ……

 僕は咳き込み、そして新鮮な空気を吸い込む。

「静かにしててよ、明兄ぃ。駄目じゃん、もう少しで死ぬとこだったよ」

 そこには何故か美幸がいた。

「けほっ……何で美幸がこんな所にいるんだ.」

「へへへ、実は燃料積み込みの時に紛れて忍び込んでたんだ、兄ちゃんもいるよ」

「忍び込んでって……清水さんは知ってるのか?」

「知る訳ないじゃん、こんな事絶対許可してくんないよ、あのおっさんは」

「全て、私と美幸で決めたんですよ」

「なんで、もっと早く来てくれなかったんだ」

「チッチッチ、正義の味方はいい所で現われるんだよ、明兄ぃ」

 美幸は人指し指を横に振る。

「馬鹿言っているんじゃ無い、実は待っている内に寝ちゃったんです。……で明さんの叫び声で目が覚めたんですけど……お待たせしちゃいましたよね。さぁ、逃げましょう」

「でも、ここは空の上だろ」

 ええ、と美里は頷く。

「だから、これを乗っ取るんですよ」

 極めて物騒な事を言う美里。

「明兄ぃ、あの車椅子ってさ、ISSが用意したやつだろ。何かついて無いの?」

「……ついてる。ギプスの外側に隠れてるスイッチを押すと催涙ガスが出る」

「らっき!兄ちゃん」

 ゴニョゴニョと美里に何か耳打ちをしている。美里もにやっと笑い、親指を立てる。

「明さん、優様の事しっかり守って下さいね。これから私達であいつらをやっつけますから。私か美幸が合図したらガスのスイッチを押して下さい」

 僕は突然現われた小さなガーディアン達に全て任せるしか無かった。美幸が車椅子を前部に通じるドアの前に持ってくる。美里はドアに耳を当てタイミングを測っている様だ。

 美里がオーケーサインを出す。ドアがそーっと開かれ、美幸が車椅子を思いきり押し入れる。すぐにドアが閉じられ、二人はドアを押さえ込む。

「今だ!明兄ぃ!」

 僕はギプスを床に叩き付けた、腕に凄く響いたがそんな事に構っていられない、バシュッと言う結構でかい音が聞こえた。その音と同時に前の方ではパニックが起きていた。ガスに咳き込む犯人達の苦鳴が聞こえる。ザマ−みろ!

 僕は気絶している優を抱きかかえ、這いずりながら端の方へ避難する。優を後ろに隠し僕の体でガードする様にした。これ以上優の事を傷つけたく無かったから……。

 ドンッドンッとドアに体当たりをかけている男達に対して二人は必死にドアを塞いでいる。

 暫くして二人はお互いに合図を送り合い、ドアを一気に開けた。体当たりを繰り返していた男達がドドッと倒れ込んで来る。

 そこへ二人は見事なコンビネーションで一人づつ倒していく。途中で何をとち狂ったか、拳銃の発射音が聞こえた。

 パン!ギンッ!

 その瞬間僕の脇腹に灼熱感を感じた。そこに手をやると、ヌルッとした感触がある。血だ……。

 部屋の中のどこかで跳弾した弾が僕の脇腹に命中したらしい。しかしそれ以上の銃声は聞こえなかった。見るとさっきの男が拳銃を発射したらしい男を殴り倒していた。

「馬鹿野郎が、燃料に引火したらどうするつもりなんだ!……しかしやってくれたな、一気に四人もやられちまった」

「ヘへん、悪者は最後に負けるもんだって決まってるんだい!」

 美幸はさっきの正義の味方ごっこが気に入ってしまった様だ。第一その内の一人を殴って戦力を減らしたのは自分だ。

 その間に美里が残りの一人を片付けていた。やっぱり強いよ、彼等は。

「もう、あなた一人ですよ。いいかげん観念したらどうです?」

「うるせぇ!お前等みたいなガキ共の為に失敗したなんてんじゃ俺のプライドが許さねぇ!全員この場で死にやがれ!」

 男はそう喚くと懐から拳銃を取り出し燃料が入ったドラム缶に向かって全弾打ち込んだ。ドラム缶に穴が開き、漏れ始めた燃料に引火する。

「なんて事するんだ!あんた迄死んじゃうぞ!」

「俺は死なねぇんだよっ!じゃぁな、あばよ!」

 そう言って、ハッチを開き、近くにあったアタッシュケース一つだけ抱えて空中に躍り出た。

「どうしよう、兄ちゃん……」

「とにかく、明さんと優様を前の方に避難させよう!考えるのはそれからだよ!」

 美里達は僕と優を引きずって、前部コクピットに避難する。ドアを閉めれば煙は入って来ない。しかし墜落するか爆発するか……どちらにしても時間の問題だった。

「兄ちゃんヘリなんて操縦出来る?」

「出来る訳ないよ!」

「無線は?」

「駄目!何にも聞こえない!」

 今度は僕達がパニックになっていた。

 その時、犯人達の一人が息を吹き返したのか、コクピットに入って来た。

「ガキ共!何やりやがった!」

「オイラ達じゃ無いやい!おっさん達の仲間がやったんだい!」

「燃料を打ち抜いて自分は逃げちゃったんですよ!」

「なんだとぉ?本当か!」

 優を除く僕達は頷いた。今さら嘘を言ってもしょうがない。

「貸せっ!俺だって死にたかぁねぇ!出来るとこ迄降りてみる!」

 おっさんは操縦幹を握ると急降下を始めた。燃料缶が崩れる音がして、誘爆が始まる。後ろからはひっきりなしに爆発音が聞こえる。こうなってはどうしようも無い。僕達三人は優を守る様に固まって抱き合う。美里も美幸もギュッと目を瞑っている。

 2分も経った頃、メリメリッと嫌な音が機体から聞こえて来た。ここにも火が廻って来ている。

「着水するぞ!」

 おっさんの声と同時に激しいショックがあった。どうやら爆発前には海面に降りられたらしい。

「後2キロ先に島があった!とっとと逃げるんだな!」

 そういって、SMGをガラスフードに連射する。さすがのフードも耐え切れずに割れてしまう、そこにアタッシュケースを叩き付け、大きな穴を作り海に飛び込んでしまう。

「オイラ達も逃げよう!」

 美幸は優を引きずって、先に海に飛び込む。僕も美里の手を借りて、何とか穴の位置迄よじ登る。僕はバランスを崩して海に転げ落ちる、その瞬間僕の全身に激痛が走った。

 傷口に塩を擦り付けられた様な物だ。しかし気を失う事、それは死だ。僕は必死に激痛と戦う。そして、美里が飛び込んで来た。手にはいつの間にか二着の救命胴衣があった。どこで見つけて来たんだか……

 美里は、上手く泳げないで沈みそうになる僕と未だ気絶している優にそれを着せてくれた。そして、四人は遥か遠くに見える島に向かって泳ぎ始める。その時ドオンと言う鈍い音と共に衝撃が来た、遂にヘリが爆発してしまったのだ。ヘリはその姿を海中へ埋没させていく。

「ギリギリだったね。明兄ぃ」

 しかし僕は、痛みと戦うのが精一杯で返事をしている余裕は無かった。


 僕達はやっとの事で島の海岸に泳ぎ着く、しかし僕の体力はもう尽きかけていた。痛みが僕の体を苛み水温が僕の体温を奪っていた。

「兄ちゃん!明兄ぃの様子が変だよ!」

「大変だ!凄い熱!」

 どうやら、発熱しているらしい、はっきりいって今自分の状況がどうなっているのか解らなかった。ただ、寒くて痛くて……それだけだった。優に側にいて欲しい。それが今の僕の願いだった。それがうわ言にでもなっていたのか……二人のどちらかわかんないが優を連れてくる。

「優ちゃん!明兄ぃだよ!わかんないの?」

「優様、お願いですから……気を確かに」

 ピタピタと何かを叩いている音がする。

「……優……は無事なの?」

「はい、明さん。優様は無事ですよ」

「そう……良かった……」

「しっかりしてよ!明兄ぃ!」

「何か……眠いよ……」

 僕は優が無事だった。その一言を聞き……それから後は只考える事も出来ずに意識を無くした。


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