僕の中のあいつ 第二部 第十一章
 痛……。

 本当なら声を出して痛いと喚きたい位の激痛だった。だけどそれをしてしまうと更に痛みが走るのが解ってしまった為に声にならない声で呻くしかなかった。

 ここは……

 どうやらここは病院らしいことはわかる。しかし、いつもの病院じゃないことだけは確かだ。誰かに聞こうにも個室の為、周りには誰もいない。

 僕は姑くの間、痛みに耐えながら現状把握をしようと勤めた……が何がなんだか解らない。

 カチャ……

 ドアが開き看護婦さんがこっちをそっと見る。僕が起きているのを認めた看護婦さんはこっちに寄って来た。

「ん、気がついたね。あぁダメダメ、寝てなさい」

 体中がぐるぐる巻きになっている僕の脈拍を測る。

「何かあったらすぐに呼びなさいね」

 そう言って、看護婦さんは僕の手のすぐ近くにナースコールのボタンを置いてくれた。

 看護婦さんが出て行って間もなく別の看護婦さんが先生と一緒に回診にやってきた。

「どうだい? そろそろ麻酔が切れる頃だから少し痛いかも知れないな。鎮痛剤を打ってしまってもいいんだけど、あまり頻繁に打ってしまうと効かなくなってしまうからね。我慢できなくなった時にだけ呼びなさい」

 簡単な触診と問診だけをやって先生は立ち上がる。そして出て行き様にこちらを振り向き、明日警察が事情聴取に来る旨を伝えて部屋を出て行った。

 ……? あれ? 僕は崖下に落ちた後……あれ? なんで警察が関係あるんだ? 警察って……そういえば、優達は僕がここにいること知ってんだよな……? なんで誰もいないんだろう? 

 ……そうだ、会社にもしばらく休まないきゃならないこと伝えないと……。無断欠勤なんてシャレにならないもんな……。

 僕はナースコールのボタンを押し、看護婦さんを呼んだ。

『どうしました?』

 スピーカーから看護婦さんの声が聞こえる。僕はあまり自由に動かせない口で、家や会社に連絡を入れたいことを伝えた。

 次の日、朝一番に部屋に来たのは警察ではなく、清水さんだった。しかも説教付きの……。

「てめぇは心配ばかりかけやがってよ。俺等がどれだけ捜し回ったと思ってやがる。警察から連絡がありゃ乱闘やって、病院に連れ込まれたって言うしよ。こんな事折角落ち着いてる坊になんか言えやしねぇ。ちったぁこっちの身になって行動しやがれ。このボケナス!」

「すいませんでした」

 なんか釈然としないものを感じながらも清水さんに怒られ思わず謝ってしまう。しかも、今何か気になる様な事を言っていたような……。

「あの……僕の事捜しまわったって言ってましたけど……僕って崖下に居たんじゃなかったんですか?」

「はぁ? 何言ってんだおめぇは。いらん喧嘩に巻き込まれてボコボコにされてたんだよ?」

 これには僕も吃驚した。

「え? だ、だって……僕は優を助けた後に崖に落っこちて……。え? え?」

 清水さんは力無く首を振り、ため息をつく。

「はぁ……記憶無くしてた間の事は全く覚えていねぇってか……」

「あの……僕はどの位記憶無くしてたんですか?」

「そうだなぁ……。かれこれ2、3ヶ月位じゃねぇかな?」

 確かあの山岳訓練が5月だったから……。

「え? じゃぁもう8月になるんですか?」

「そうだな、あいつ等はもう夏休みに入ってるよ」

「今日は清水さんだけなんですね。優は来ないんですか?」

「坊か……坊は暫く来れねぇよ」

 清水さんは少し目を逸らして答えた。

「そうですか……」

 優が来れないと言う事実は少し寂しかった。でも優の事だきっと元気なんだろうな。

「あ、じゃぁ美里とか美幸とか健太は元気ですか?」

「まぁな、少し落ち着いたらこっちの方に転院させる、そうしたら会わせてやるよ。お前もその面じゃ恥ずかしかろ?」

「そんなに酷いですか?」

 自分で鏡が見れないから少し不安だ。

「そうだな、男前がかなり上がったぜ」

 清水さんはそう言ってにやりと笑う。

「それじゃよ、俺ぁ転院手続きして帰るっからよ。暫く大人しくしてろや」

 清水さんは片手を挙げて出ていった。

 ほぼ入れ違いに、汗を拭きながら小太りのおじさんとひょろっとした若い兄ちゃんが入ってきた。

「どちらさま?」

 僕が聞くと、おじさんの方が黒い物を取り出す。真ん中には警視庁の金文字と朝日影。

「どうも、この度は災難でしたな。それで、先日の事でちょっと聞きたい事がありましてね」

「はぁ」

 僕は正直言って困った。何しろ全然そんな事覚えて無いのだ。正直に言うしか無いだろう。

「あのですね。実は全然覚えて無いんです」

「と、いうと?」

 刑事さんが訝し気に尋ねる。

「実は……」

 僕は今までの事を簡単に話す。

「そうでしたか……。そりゃ大変でしたなぁ」

「あなたの被害なんかも知りたかったんですがね……。そうすると犯人を捕まえないと詳しい被害額は判らないですなぁ」

「すいませんお役に立てずに」

 僕は申し訳ない気持ちで一杯になる。

「あぁ、そんなに気にせずに。あなたが頑張ってくれたお陰で犯人逮捕に一役かってくれていますからね。大体の目星はついてるんですわ。後は捕まえるだけでね」

「あなたのお陰で被害にあったカップルも何とか無事でした。彼女の方が人相を覚えてましてね」

「あそこではもう何人もこういう被害にあってるんですわ」

「そうだったんですか……」

「それじゃ捜査に進展があったらお知らせしますわ、お大事に」

 僕に何かを聞いてもなんら進展が無いと判断したのだろう。二人の刑事は少し話をした後に出て行ってしまった。

 三日後……

 僕はある程度歩く事が出来る様になったので転院と言う事になった。まぁ、実際は歩く事は出来たのだがこっちの先生が転院許可を出さなかっただけなのだ。そして転院に際しては、清水さんと美鏡兄弟が付き添いに来た。

 清水さんが言うには、また僕がどっかにふらふら出歩かない様に見張りを増やしたと言う事だ。

 そんなに信用ないのかね? 僕は……。

「信用ある訳ないじゃないですか」

 美里がここぞとばかりに僕に説教を始めた。

「私達が目を離した隙に、必ずなんか変な事に巻き込まれるんですから……。優様と言い、明さんと言い何でそう私達を困らせるんですか。少しは私達の苦労も察して下さい」

「はぁ……、その……実に申し訳ない……」

 僕は美里がここ迄言って来るのが初めてだったので思わず恐縮して謝る。そこにお気楽な美幸が助け舟を出してくれた。

「ま、いいじゃないの、兄ちゃん。オイラ達の仕事はそれなんだし。それにさ、明兄ぃのフラフラのお陰で明兄ぃの記憶が戻ったんだからさ。オイラ達が夜中に叩き起こされておっちゃんに怒られながら夜中中捜しまわった上に結局みつかんなくて警察に先越されたのなんて別にへでも無いじゃん。な? 明兄ぃ」

 ……訂正かなり根に持ってやがるこいつ……。

 僕はわざと美幸の言った事を無視してどうしても気になる事を清水さんに聞いてみた。

「あの……清水さん?」

「あ?」

 バンを運転している清水さんは、こちらの事を見ずにくわえ煙草のまま返事をする。バンだからまだいいけど、この格好で肘出して運転してんだもん、会長の車なんか運転したらまるっきりおっかない自由業の人だよなぁ……。

「優が全然来なかったんですけど……体調でも崩してるんですか?」

「むー、俺からは言いづれぇな……。美里、後で病院に着いたらお前ぇから話しとけや」

「え! 私が言うんですか?」

「いやか?」

「じゃ、美幸お前ぇ話せや」

「オイラ〜? オイラだってやだよ……」

「なんでぇ、二人揃ってよぉ……」

「おっちゃんだってやなんだろ? オイラ達に押し付けんなよな」

 何か皆して触れたく無い話題みたいだな……。

「あの……話したくないんなら無理に話さなくても……」

「まぁそんな訳にもいかねぇんだよな……」

 清水さんはそう言って、また運転に集中してしまう。その横顔は少し曇っていた。

 いつもの泉寺総合病院に着き、これ又何回も入ったいつもの病室に連れて行かれる。そして一旦はベッドに寝たのだが、やっぱり優の事が気になって仕方がない。清水さんは転院手続きをしている。ここにいるのは美里と美幸だけ……。僕は意を決して二人に聞いてみた。

「なぁ……、優に何かあったのか? やっぱり気になるよ、教えてくれないか?」

「話してあげてもいいんですけど……幾つか約束して頂けませんか?」

 非常に言い辛そうな顔をする美里。その顔を見て、やはり優に何かあったのを確信する。

「美里、僕が関わっている事なのか。約束したら話してくれるのか?」

「明さんがきちんと約束を守ってくれるって言ってくれるなら」

「……判った……その条件呑もう、言ってくれ」

 美里は改めてこっちを向き、指を立てながら話す。

「まず一つ目、明さんこれから先、二度と無茶な事をしないで下さい」

 美里は僕の顔を見て、区切りながらゆっくりと話す。僕も極真面目に頷く。それを確認して美里は言葉を続ける。

「二つ目に、どんな理由があっても優様を責めないで下さい。そして優様に優しく接してあげて下さい」

 そんな事当たり前だろ。

「最後に明さん。絶対に自分自身を責めないで下さい。明さんは何も悪くない。これが私の出す条件です。守って頂けますか?」

 まぁ美里の言う事は解った。確かに優の事になると無茶をしてしまうのだから。ただ腑に落ちない事が一つある。

「美里、一つだけ質問だ」

「なんですか?」

「気になった事がある、僕のせいで優は大変な事になったのか?」

「お約束を守って頂けるのであれば話します」

 その一言で解ってしまった。やはり僕のせいなんだ。黙ってしまった僕を見て美里が態度を更に硬化させる。

「やはり言わない方がいいみたいです。私には明さんが約束を守ってくれるようには見えません」

「兄ちゃん、オイラは言った方がいいと思うぞ。明兄ぃはもう大体の事察してるぞ。逆にこのままじゃまた暴走しちゃうぞ。兄ちゃんが話さないならオイラから話す。どうせいつかはバレるんだ」

「好きにすればいいよ」

「明兄ぃ、オイラが話してあげるけどオイラも兄ぃちゃんと同じ条件出すよ。正直な話オイラも明兄ぃにあんな事されるの嫌だからね。おけ?」

「おけ……。約束する」

 僕は二人の条件を呑んだ。優の事が一番だ、自分の事なんか二の次、とにかく優の情報が欲しかった。

 美幸の話は僕にとって真に辛いものとなった。いくら記憶が無かったせいと言っても自分が優を傷つけたのは事実なんだ。ようやく二人の出した条件の意味が解った。確かに僕は自分を責めたい。しかし今そんな事を言い出そうものなら美里が黙っていそうにない。

「……優には逢えるのかい?」

 辛うじてその言葉を絞り出す。

「逢えるよ……今すぐにでも。逢う?」

「あぁ……」

「兄ちゃんはどうする?」

「僕はいい……」

 美里は窓の外を見ながら答える。

「じゃ、行こうか明兄ぃ。兄ちゃん、おっちゃんに言っといて」

 美里にそう言うと美幸は僕の手を取った。

「明兄ぃ、ちびっとここで待ってて」

 美幸はそう言うと病室のドアをノックする。

「優ちゃん、入るよぉ」

 そおっとドアを開け滑り込む様に中に入る。暫くの後ドアの隙間から美幸の手が出てきておいでおいでをする。僕も出来るだけ静かに部屋に入る。そしてそこに優はいた。

「優……」

 確かに優はいる。但しベッドの上に膝を抱え込んだまま、僕を見ようともしないが。

「まぁそう言う事……、気がついてからはずっとこんなだよ」

 あの美幸が沈鬱な表情を見せる。僕は優の横に座る。

「優……、ゴメンな……本当にゴメンな……」





 はっきり言ってこのゴメンの一言しか言う事が出来なかった。自然と涙が溢れる。その殆どは包帯に吸い取られていくが、それに負けじと自分でも抑え切れない位に涙が出た。

「優ちゃん……。優ちゃんの明兄ぃが戻って来たよ……。昔の事思い出したんだよ。もういいじゃない、明兄ぃを困らせちゃ駄目だよ。ほら、優ちゃん……」

 美幸が優しく語りかける。しかし優は聞こえているのかいないのかまったくの無視。

 僕は、それが悲しくてやりきれなかった。

「実はさ、お医者さんとか看護婦さんには話するんだよね」

 これは病室に戻った後に美幸が言った言葉。どうやら僕と直接関わった人間には程度の差があれど皆同じ様な目に遭っているらしい。まるで僕の事を自分の中から排除するように。

「終わり……なのかな……」

 美里達に弱気を見せるつもりは無かったのだが、ついそんな事を呟いてしまった。

「明さん、なに馬鹿な事を言ってるんですか」

「んだよ、明兄ぃらしくない」

「そりゃ……僕だってこんなつまらない終わり方は嫌だ。でも! あいつが僕と逢いたくない、話さないって言うんじゃ……どうしようもないじゃないか……。それだったらあいつの望む様にさせてやりたい……」

 僕の弱気な発言に美幸が怒る。

「ふざけんなよ! 明兄ぃはいつからそんな弱虫になったんだよ! 優ちゃんが忘れたいのは優ちゃんの事を忘れちゃった明兄ぃで、今の明兄ぃじゃないんだぞ! そんな事も判んないのかよ! オイラ明兄ぃの事見損なっちゃうよ!」

 美幸は言いたい事を言って部屋を出て行ってしまった。後に残されたのは呆気に取られた美里……。

「……えっと……私も美幸の言ったの賛成だな。そんなに諦めがいいのなんて明さんらしくないし、私も見たくないな。もし自分を責めるんだったら優様との間を修復してからにして下さいね。本当は優様の代わりに慰めてあげたいけどそんな卑怯な真似したくないし。だから明さんは頑張って下さい。私はそういう明さんが好きなんです、今の明さんはなんか好きじゃないな」

 美里は軽く微笑む。二人共痛い所を見事にえぐってくれた。多分今のは二人の本音なんだろう。年下の二人に喝を入れられるなんて自分はなんて情けないんだろう。

 僕が黙っているのを見ていた美里が慌てて謝る。

「明さん、すいません。出過ぎた真似をしてしまいました」

「いや……いいよ。確かにお前達の言う通りなんだよな……解った、頑張ってみるよ。だけど、頑張っても駄目だった時には、勘弁してくれな」

 努めて明るく振る舞って美里を見る。

「えぇ頑張って下さい。でももしも駄目だったらなんて言葉は受け付けませんよ」

「きついな」

 僕は美里を見ながら笑う。それを見た美里もにっこり笑った。

「その笑顔が見たかったんです。久し振りに見ました。ず−っと明さんの笑顔を見てなかったんですよ。私も今日はもう帰ります。明日は私と一緒に優様の所に行きましょ? 記憶を無くす前のお話を一杯してあげればいつか優様だって判ってくれますよ、ね?」

「あぁ、そうだな」

「じゃ、また明日。おやすみなさい明さん」

「うん、おやすみ」

 そうだな、僕が頑張らないでどうするんだ。あんな優の顔は見たくない、それより何より優の両親や会長達に申し訳が立たないじゃないか。僕は明日から優に何を話そうかを考えながらベッドに横になった。

 次の日から僕は空いた時間の全てを優の部屋で過ごした。本当は優の部屋をベッドを移して欲しい所だったのだが。

 初めて逢った時の事や、美里と健太が遊園地で喧嘩した事、二人で一緒に食事をした事、とにかく思い付く限りの楽しかった事、辛かった事を話し続けた。

 そして何日か過ぎた日の午後優が初めて口を聞いてくれた。

「もう……もういいよ……」

 もういいよの真意がいまいちよく飲み込めなかったがとにかく優が口を聞いてくれた事が嬉しかった。

「あはは……優が口を聞いてくれた……」

「よかったね、明兄ぃ」

 思わず笑いながら涙が出ていた。美里も美幸も喜んでくれている。

「うん……良かった……本当に良かった……」

 僕は優に寄り掛かり、鼻声になりながらも笑った。本当に嬉しかったから。

「……どうしてそんな怪我をしているの……?」

「え? あぁ、これかい? こんなの怪我のうちに入らないよ、大したこっちゃないよ。あはははは」

 とにかくその日は僕は笑いっぱなしだった。

 その日を境に二人が元の鞘に納まるのにはさほど時間はかからなかった。

「お兄ちゃんおはよ〜」

「おはよ」

「まだパンダなの?」

「やかましい。放っといてくれ」

「早く包帯取れるといいね」

「そだなー」

「あのね、お兄ちゃん、ボク明日退院だって」

「へえ、良かったなー」

「うん、お兄ちゃんは夏休み中に退院出来そう?」

「どうかな? 判らないな」

「ボクの夏休み中に退院出来たらどっかに行こ!」

「そうだなぁ、どこかに行きたいなぁ。どこがいい?」

「あのね、小笠原の方にねボクの家の別荘があるの、そこで暫く二人っきりになりたいな」

 そう言って優は僕にしなだれかかり僕を見上げる。

「ん……」

 僕は久し振りに優の唇を味わう。歯磨きをしたばかりなのか、キスの味はミントの爽やかな香りがした。

「おーおー、お熱いこって」

「とてもこの間迄死ぬだのなんだの言ってた二人に見えませんよ」

 部屋の入り口には美幸と美里が寄り掛かって立っていた。

「二人ともうるさいなぁ……。せっかくお兄ちゃんと話してたのに……」

 水を刺された優が少し不機嫌になる。

「で、何だよ?」

「お客だよ、明兄ぃに」

 二人の間を縫う様にして何時ぞやの刑事が入って来た。

「どうですか、お体の方は」

「お陰様で順調ですよ」

「そうですか、そりゃよかった。それで今日来たのはですね、これ……あなたのでしょ」

 刑事さんが取り出したのは見なれた僕の財布。

「えぇ、確かに僕のです。どこにあったんですか?」

「公園の茂みに捨ててあったそうですわ、今朝方交番に届けられましてね。ちょっと中身を確認して貰えますか」

「でも、この間迄何が入ってたか迄は判らないですよ」

「いいですよ、大体の物で」

 取りあえず財布の中身を確認する。

「カード類が根こそぎ無くなってるな……」

「カードは何を?」

 刑事がメモを取り始める。

「キャッシュカードにクレジットカード、運転免許が無いですね」

「それはいつも財布の中に入れてあったのかな?」

「えぇ、そうですね。滅多な事では財布から出しませんでしたから」

「そうですか、現金はいくら位持っていたか判りますかね?」

「あーすいません、それは判らないです」

「そうしたらあいつ等が吐くの待つしか無いですかね……」

「そうだなぁ……」

 二人の会話から察するにどうやら犯人は捕まったらしい。

「犯人は捕まったんですか?」

「リーダー格の奴がまだ逃げ回ってるけどね。他は皆逮捕したよ。なんて言うのかね、今の子供達は判らんですわ。自分達がどんな罪を犯したのかちーっとも判っとらんでね。逆に私らに食って掛かる始末ですわ。親も親でね全然会いに来ようともしない。来ようともしない癖に自分の子供がそんな事する訳が無いって言ってこっちを告訴しようとする。世の中何が正しいのか判らなくなりますよ」

「そうなんですか……」

 僕がそんな事になったら、速攻親が殴りに来るだろうな……。いや、殴るだけならマシかな、下手すりゃ僕を殺して自分も死ぬ位の勢いで来るだろうな。

「まぁ、そのうち自分がやった事がどう言う事なのか判ってくれるといいんですがね」

「そうですね……」

「ところで、被害届はどうしますか?」

 カード類が一切無くなってるとしたらちょっと問題があるな。

「お願いします」

 僕は刑事さんに手続きの方を頼んだ。そして刑事さんが帰った後、僕は美幸にカード類の差し止めを頼む。

「お兄ちゃんの事こんなにした人たちに謝って欲しいな」

 優がむくれつつ呟く。

「うちに来たら鍛えまくってあげるんですけどねぇ」

 美里が笑いながら剣呑な事を言っている。スパルタ教育のISSで鍛えまくるなんて言われた日には僕でも逃げ出したくなる。

「それは少し犯人達が可哀想な気がしないでもないな……」

 僕はシャレにならんと笑う。

「私は本気ですよ? 部長も賛成してくれると思いますが」

「マジ? 冗談じゃ無くて?」

「私だって頭に来てますもん。しかも全然反省して無いんでしょ? それだったら実刑よりもこっちの方がずーっと辛いですよ。礼儀とかの教育も徹底してますし、本人達にはいい機会ですよ」

 何か本当になりそうで嫌だ……。

 戻って来た美幸も交えて談笑が続く。既に日も傾き病室に明かりが灯る。

「あ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないと……。優様も自分の病室に戻りましょう。また来ますね。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

「お兄ちゃん、また後でね」

「? あぁ……おやすみ」

 消灯時間迄僕はテレビを見たり、美里が持って来てくれた本をよんだりして時間を潰す。

消灯時間となり、看護婦さん達が明かりを消して回り、静寂が訪れる。

 僕もテレビを消し、ベッドに横になって目を瞑る。消灯時間から暫くした頃、病室に人が入って来る気配がした。最初は看護婦さんの巡回かなと思ったのだが、気配は消えない。僕は薄らと目を開けた。

「誰……?」

 小声で問う僕に応えたのは優だった。

「ボクだよ、お兄ちゃん」

 優はいつの間にか僕のベッドの横にいた。

「どうしたんだよ。もうとっくに消灯時間過ぎてるだろ」

「うん……寝れなくってさ、ボク明日退院でしょ? 今日はお兄ちゃんと一緒に寝たいな……駄目?」

 僕はふうと溜息をつくとベッドの片方に寄る。

「どうせ優の事だ、駄目だって言ったって戻るつもり無いんだろ?」

「えへへ……」

 優は笑いながら僕のベッドに侵入して来る。

「お兄ちゃんと寝るの久し振りだ……」

 優は僕の胸に顔を埋め僕の匂いを嗅いでいる。

「風呂に入って無いから臭いよ。やめときな」

「ううん、いいの。こうやってお兄ちゃんの匂いが嗅げるなんて思って無かったから……」

 それは、僕が無くしていた記憶が原因である事に間違いは無いだろう。

「ごめんな……」

 僕は優に対して謝罪する。

「違うの、お兄ちゃんのせいじゃなくって、ボクが馬鹿な事しちゃったなぁって……。そのせいでお兄ちゃん色々したんでしょ、美里とかから聞いたよ」

「ま、今後優がそんな事しないって言うんならいいさ」

 泣き声になりそうな優の為に、努めて明るく言ってやり、優の事を抱き締める。

「ひっく……うえっ……うえぇぇぇ……」

 泣きじゃくる優の事を抱き締めたまま僕達は一夜を過ごした。

「駄目じゃ無いの! 皆で捜しまわったのよ!」

 次の日の朝、優が病室から消えたと言う事でナースセンターは大騒ぎだったらしい。僕の横でスースーと寝息をたてている優を見つけた看護婦さんに二人して盛大な説教を喰らってしまった。

 その後、迎えに来た清水さんと一緒に優は退院して行った。

 そしてその2週間後僕も晴れて退院と言う事となった。



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