僕の中のあいつ 第二部 第六章
「おまえらなぁ……」

 僕は目の前に広がる料理を見るなり頭を抱えた。と言うよりも何かを言う気力を根こそぎ奪い取られ、がっくりと肩を落とす。

「気に……入らなかった?」

 優が僕の顔色を伺いながら恐る恐る聞いて来た。そりゃ、僕だって誕生日を祝ってくれるのは嬉しいし、待っている間優達は何をしてくれるんだろうと楽しみにしていた。でも僕の考えが甘かった、こいつ等はとんでもない事をやってのけたのだ。料理はいいとして、問題はその器だ……何で美里と健太が裸になって寝っ転がっているんだ!これじゃ、まるで女体盛り……いや、少年盛りだな……こりゃ。

「気に入るも何も無いよ、なんだってこんな事したんだ……?誰にこんな変な事教わった」

 すると後ろにいた美幸が全く反省の色の無い声で答える。

「ごめん、明兄ぃ。優ちゃんに教えたのオイラ」

「美幸ぃ〜お……ま……え……は……なんでこういう事を優に教えるんだ〜〜〜」

 僕は美幸のこめかみを拳でグリグリしながら文句を言う。

「痛、痛ぇって!明兄ぃ!文句言うなら清水のおっちゃんと相模っちに言ってよっ!」

 かなり容赦無く力を込めた為、美幸は真面目に半分涙を流しながら言い訳をして来た。

「何でそこに清水さんや相模さんが出て来るんだよ。言ってみ?」

「この間、仕事の帰りにクライアントの人が料亭に連れて行ってくれたんだよ。うまい物食えるって兄ちゃんと楽しみにしてたんだよ。そしたらさ、おっちゃんがオイラ達にいきなり帰れって言うんだ。お前達にはまだ早すぎるからってさ、せっかくご馳走を楽しみにしてたのにさ、おっちゃんは理由教えてくんないしさ。そしたら兄ちゃんが帰りに教えてくれたんだ。女の人が裸になっててその上に料理がのっかってたって。何か悔しいじゃん?オイラだって見てみたかったんだよね、そう言うの。ほんとは女の人でやってみたかったんだけど、こんな事やってくれる人知り合いにいないし、明兄ぃはこっちの方が喜ぶって優ちゃんが言うから、優ちゃんに手伝ってもらって兄ちゃんと健太に盛り付けてみたんだ。料理自体は優ちゃんが帝都ホテルのシェフに作ってもらったやつなんだ、だから美味しいよ」

「あ、あぁ、そう、そりゃ御苦労さん」

 美幸はそこ迄一気に話してしまう。普段から口数の多い子だが、まるでマシンガンの様に話すその姿に僕は怒る気も失せてしまった。しかし、清水さんも料亭に女体盛りがあるなんて思ってもみなかったんだろうなぁ……。

「で?それとこういう事態になったのと、どう言う関連があるんだ?」

「だからぁ!その会話してた時に優ちゃんもいたの!そしたら、明兄ぃの誕生日にやろうって話になって!」

 はう……もう怒る気力も無いわ。

「でも、美里、お前がよくこんな事に賛成したな……」

 僕の視線を浴び、恥ずかしそうにしている美里に聞いた。どうせ健太はノリノリになって器になったに違いないだろうから。

「あ……あの、最初は私は嫌だって言ったんですよぉ。でも……健太と仲直りした証拠にもなるからって……それに、明さんが喜ぶよって優様に言われて……明さんが喜ぶのなら私はどんな事でもしますから……」

 ど……どんな事でもしますからって……君……。でも,その言葉は凄く嬉しいなぁ。

 などと感慨にふけっているのはいいが、優はどこに行った?

「お兄ちゃん。これお祖父様から貰ったワイン?」

 台所の方から優の声が聞こえてきた。

「良く判ったな、優」

「うん、清水とかも貰っているからね。清水の時は日本酒が多いけど」

 そう言いながら優は笑っている。たしかに清水さんの場合は日本酒の方が良く似合う。

「じゃ、これで乾杯しようよ。お兄ちゃん」

 そう言いながら優はワインとコルク抜きを持って来てそれをボトルを美幸に渡す。そして台所に取って返すとグラスを3つ持って来た。

 ポン!と言う小気味良い音が響きグラスの中にワインが注がれる。

「お兄ちゃん誕生日おめでとー!」

 優の乾杯にならって、他の三人が「おめでとー」と唱和してくれる。誕生日パーティーなんて何年振りだろう。久し振りに賑やかな誕生日が迎えられそうだ。

 どさくさに紛れて優も美幸もワインを飲んでいるが、まぁ今日位はいいだろう。美里と健太には悪いが料理の器になっている為にワインを飲む事が出来ない。

「お兄ちゃん、ほら料理食べてみて。美味しいんだよ」

 僕は改めて二人の身体に乗っている料理をじっくりと眺める。

 まず美里の上に乗っているのは様々なおつまみ類。しかも綺麗に盛り付けられている。

 健太は主にデザート類が、これまた綺麗にデコレーションされている。しかし……ふと僕の頭に疑問が沸き上がる。優達にこんなセンスのいい綺麗なデコレーションが出来るんだろうか。

「あのさ、この料理の盛り付けって、お前達がやったの?」

「そんなのオイラ達に出来る訳無いじゃん」

 ……てことは……やっぱり……。

「シェフに来て貰ってここで盛り付けて貰ったの」

 ひぃぃぃ、こんな恥ずかしい事をさせたんかいっ。

「ちょっとヒいてたよね、優ちゃん」

「ちょっと所じゃなかったですよ。盛り付けている最中に言ってました。確かにこういう仕事が今迄に無かった訳では無いが子供の依頼でしかも男の子に盛り付けるのは初めてだ。って。でも泉寺の依頼じゃ断る事も出来ないしそんな事で大事なお客様の面子を潰す訳にもいかないから受けた以上はやりますけれど。ってこぼしてましたよ」

 そりゃそうだろうな、でも良く帰らなかったよな……。

「でも、帰る時はニコニコしてたよね」

「そりゃ、口止め料に少しボーナス渡したもん」

「口止め料渡す位ならやるなよ……。で、いくら渡したんだよ」

「言わなーい。言ったらお兄ちゃん怒るから」

 優は涼しい顔をしてワインを飲んでいる。って事は相当な額渡したな……。

「まぁ、やったことはしょうがない。今日は素直に優達の気持ちを有り難く頂くよ」

 そう言いながら美里の胸に盛り付けられている鴨肉のオレンジソース掛けを摘み口に入れる。程よくローストされてジューシーな鴨肉とオレンジソースの爽やかな酸味がマッチしていてとても旨い。

「旨いな」

「そりゃ一流のシェフが作ってんもん旨いよ。ねぇ優ちゃん」

 美幸はへその辺りにあるサーモンのマリネを食べる。

「お兄ちゃん、皆からプレゼントがあるんだよ。はい」

 そう言って優は5つの包みを持って来た。

「へぇ、ありがとう。でも、なんで5つあるんだ?」

「それ、俺の母さんから師匠にって」

 寝転がっている健太が答える。

「いつもお世話になってるからって」

「そんなに気を使わなくてもいいのに……」

 大事にしている息子がこんな事しているって知ったら殺されるな……こりゃ……。

 そんな事を思いながら、皆からの包を開けてみる。

 美里からは僕の好きな歌手のCDが入っていた。健太の母さんからはカフスとタイピンのセット、健太からはネクタイが入っていた。

 しかし、問題なのは残りの二人……。

 まず、美幸は何を考えているのか、大振りのジャックナイフが入っていた。下手に持っていよう物なら銃刀法違反で捕まりそうな大物だ。

 そして優がプレゼントした物は……はっきり言って頭が痛かった。何だと思う?

 優のきわどいポーズの写真が数枚……それもかなり大きく引き延ばしているのだ。

「あのなぁ、おまい達は何を考えてるの?」

「え?だめ?」

 二人はハモる。

「こんな危なっかしいもんをプレゼントにするなぁっ!」

「だって、明兄ぃも護身用になにか獲物持って無いとさ、会長とか優ちゃんになんかあった時用にね。けっこう高かったんだよ、それ」

「その前に捕まるって……」

「確かに美幸のは危ないよね」

 自分は関係ないって位しらじらしく優は言い放つ。

「お……ま……え……も……だ。一体あんな写真どこで撮ったんだよ」

「大丈夫だよ心配しなくても。ちゃんとプロの人に撮って貰ってるから。それとも僕の写真なんかいらないの?お兄ちゃんはボクの事嫌いなの?」

「いや……嫌いじゃないし……でもさ……」

「あ、明兄ぃはやきもち妬いてるんだ。ほら、優ちゃんの裸を他の人に見られたく無いんだよ」

「そっか」

 優は美幸のその言葉に、ニコニコしている。

 ……違うっつーの……僕はその言葉を辛うじて引っ込めた。ここで言い訳したって事態が変わる訳でも無いし、少しはそれもあったから……。

「お兄ちゃん。なんか嬉しいな」

 僕が少しどぎまぎしていると、優はいきなり近付いて来て僕の唇を奪う。

「あ−、熱いなぁ、熱い熱い」

 そう行って美幸がにやにやしながら優の横で何かを囁く。

「明兄ぃ、飲みがたんねっすよ、飲みが。ほらほら、ぐっと」

 そう言って差し出したのは優の頭……。酔ってないか?美幸……。しかし酔っているのは優も同じだった様だ。

 優の顔が再び近付く……そして優の口腔から温められたアルコールは僕の口内に入って……。

 げほっ……

「優、お前何飲ませたんだよっ」

 優の中から入って来た物は激しく僕の口内を焼き喉を落ちていったのだ。

「これだよ、明兄ぃ。ワインがもう無くなっちゃったからこれをジュースで割って飲んでるんだ」

 美幸の持っているのは透明な瓶……。ラベルにはスピリタスの文字が入っている。

「それ……もしかして……ウォッカか?」

「えと……うん、96%って書いてある」

 あ、いかんグラグラして来た。

「そんな強い酒……家には無かった筈だぞ!」

「あったよ?」

 優はブルドッグ(ソルティードッグの塩ついて無い奴ね)を作りながら事も無げに言っている。

「僕はそんなの買ってきた覚えは無い!」

「あ、多分おっちゃんだよ、それ。前に来た時に、『ここには弱い酒しかねぇのか』って言ってたもん」

 スクリュードライバーを飲みながら御丁寧に物真似迄やっている美幸。

「美幸!やめないか!明さんフラフラしてるじゃないか!」

 まだ料理が少し残っている為に起き上がる事の出来ない美里が美幸に向かって怒っている。

「うるさいなぁ、そんなうるさい事言う口は塞いでやるぅ!」

 美幸は手に持っていたコップの中身を一気に頬張ると美里にがばっと抱きつき、その中身を全て美里の口内に流し込んでしまった。

 ゲホゲホと咽返る美里を見た優が面白がって、自分の持っていたコップの中身を美幸に続けて流し込む。

「なっ、何でこんなきついの飲んでるんだよ、二人とも」

 気管に酒が入ってしまったのか盛んに咽ながら美里が文句を言う。その様子を傍目で見ていた健太が好奇心丸出しの声で優に問いかける。

「先輩、先輩達はお酒強いの?」

「健太も飲んでみる?」

 優が健太に向かってそう言う、そしてその手には既におかわりが注がれていて、それを優は平然と飲んでいる。

「飲んでみたい!」

 目をキラキラさせながら元気よく返事をする健太。わぁっ、それだけは阻止しないと!健太の両親に怒られちゃう!

「やめんかぁっ!」

 僕の一喝が優に届く。

「お兄ちゃん。そんなヘロヘロの声で喚かなくても……」

 どうやら一喝と思っていたのは僕だけらしい。

「健太、お兄ちゃんがダメだって。どうする?」

「え〜!飲みたい!」

「ダメったらダメ!よそ様の子を酔っぱらわせて親に怒られるっての!それに健太はまだ中学生だっ!」

「…….」

 少し優の視線が冷ややかな様な気がするが……。

 その冷ややかな視線の意味は美幸の代弁によって明らかになった。

「明兄ぃ。それスンゴク説得力無いよ。優ちゃんも中学生、よそ様の子だし、それにここにいる皆を手込めにしたのはどこの誰かなぁ、この事を健太の親が知ったら怒られるだけじゃ無い様な気がするなぁ……」

 痛恨の一撃!僕は何も言い返す事ができない。そこに更に優が追い討ちをかけて来た。

「知ってた?ボクとお兄ちゃんがセックスしてるってのはお祖父様レベルで止まってて、お父様もお母様も知らないんだよ。ボクがお兄ちゃんの事が好きって言うのは知ってるけどね。だからお父様達がこの事知ったら、いくらお祖父様でもどうしようも無いんだよ」

 どげげ、そう言う脅しを今ここでかけるか!

 ……いや!この脅しはあまり意味が無い!僕は反撃に出る。

「優、それはお前にとってもリスク高いんじゃ無いのか?その事がばれて僕と離れ離れになってもいいってんなら止めないが」

 僕が反撃に出るとは思ってもいなかったのだろう、優は少し面喰らったような顔をしている。

「お兄ちゃん……それは気が付かなかったよ……」

 ……阿呆か……

 僕は思いっきり呆れてしまった。当の優はしきりに何かを考えている様だ。どうせろくでもない事を考えているに違いないが……。

「その手が使えないんじゃ……。よし、美幸、やっちゃえ!」

「合点!」

 言うが速いか美幸は僕の背後に回り込僕の首に腕をまわした。

 はう……酔っぱらっているとは思えない正確さで僕を落としにかかる美幸。僕も反撃を試みるが、体勢を崩されてしまった為に思う様に力が入らない。僕は少しの快感を伴いながら意識を失った。

 目が醒めた時、僕は思わず昔読んだガリバー旅行記を思い出してしまった。だって……身体を縛られて固定されていたんだ!違うのは裸にひん剥かれていた事。しかも、体中にいろいろトッピングを施されている!

 僕はもがきながら声を荒げた。

「こらーっ!早くこれを解けぇっ!」

「い……や……だ」

 僕は声のした方を睨み付けた。そこには優がいたが優はボクは言っていないと力一杯ボディアクションをしている。そしてチラチラと怯えながら横を見ている。そこには眼を廻して横になった美幸の上に座って酒を飲んでいる美里がいた。

「優、どう言う事か説明してくれよ」

 僕はこの状態の把握をしたくて優に聞いてみた。

「あのね、美里が急に暴れだして美幸の事……」

「コラ〜!美里さんて呼べって言っただろ〜!」

 美里が優に向かって拳を振り上げる。

「あ!ごめんなさいっ!だからぶたないでっ!」

 優は反射的にすくみ上がる。

 も、もしかしてこいつ……とんでもない酒乱だったんじゃ……

「健太っ酒っ」

 美里は健太に向かってコップを突き出す。健太もやはり怯えきって、ただただ美里の言うがままに酒を注いでいる。そしてなみなみと注がれた酒を一気にあおると僕の方へフラフラと歩み寄り僕の上に飾られたつまみを一つ口に放り込む。

「どぉ?盛り付けられている気分は?結構恥ずかしいでしょ?」

 もぐもぐとつまみを食べながら僕に向かって言い放つ美里。

「お前な……いい加減にしろよ。さっさとこれを解け」

「さっきも言ったけど、い……や……だ。このわがままのせいで僕がいつもどう言う目にあってるか思い知ればいいんだ」

 そう言って優の髪の毛を引っ張る。ひゃぁつと言う声と共に美里の膝元に倒れ込む優。その顔は既に半泣きになっている。

「美里っ!お前は自分の仕えるべき人間に対してなんて事してるっ!やめないかっ!」

 激口して吠える僕に対して美里のまたもや爆弾発言。

「素直に恋人が虐められてむかつくって言えばぁ?」

 何が面白いのかケタケタと笑う美里。そして一頻り笑った後に不意に真面目な顔を向ける。

「僕はね、このわがまま坊主の躾も任されているんだ。これはいじめじゃない、単なる躾だよ」

 確かに優はわがままだけど……

「だからって今やる事じゃないだろ、お前。そんな事は素面の時にやれよ!」

「僕は酔ってなんかいなーい!」

 そう言って美里は真っ赤な顔を僕に近付ける。美里の吐く息がかなり酒臭い。

「僕は酔ってなんかいないぞ、酔っているって言うんなら、証拠を見せろ〜」

 ……酔っ払いだ……完全に酔っ払いだ……

 その時美里が不意に動き、手近にあった姫フォークを台所の方に向かって投げた。

 スカンと軽い音が響くそれとしゃぁぁぁぁと言う音、何があったんだろうか……僕はなんとかその方向に首を廻す。

 そこに見えたのはへたり込んで目を大きく開き涙を浮かべながら失禁している健太の姿。健太の頭があったであろう高さの壁には姫フォークが突き刺さっている。

「健太ぁ、こそこそどこに行こうとしてんだよぉ」

「あ、あ、あ、あの……お、おしっこしたくなったからっ、ト、ト、トイレにいきたくてっ……ダ、ダ、ダメですかっ」

「なんだ、トイレか。でも、もう行かなくていいよなー。しちゃったもんなー、で?トイレ以外でするおしっこって気持ち良かったかい?」

その言葉で改めて自分が粗相した事を認識したのだろう、恥ずかしさからか顔を真っ赤にした上にべそをかきながら頻りに僕に謝っている。

「いいよ、取り合えず雑巾で拭いちゃってくれればいいから。それでシャワー浴びてきな」

 僕はまだそこに座り込んでいる健太に優しく言ってやる。漏らしたのがビニールカーペットの部分で良かった。畳だったら始末に追えないから。

「ちょっと人の会話に割り込まないでよ。僕は健太に気持ち良かったかいって聞いてるんだからさ」

 そこにムッとした美里の声が上から聞こえて来た。

「きっ、気持ち良くなんかないやいっ!お、俺恐かったんだぞ!」

 健太は力一杯文句を言う。美里は健太のその態度を見てフーンと何かを思ったような声を出した。

「健太って思ったより可愛いなぁ。こっちきなよ。僕が気持ち良くしてあげるからさ。おしっこなんか彼に拭かせればいいよ。ほら、さっさと拭かないと匂いがしみちゃうから行ってきなよ」

 そう言うが早いか優の事を健太の方に突き飛ばす、そして健太の事を手招きする。

「なんで僕がそんな事しないきゃならないの!?」

 一旦は突き飛ばされてふらついた優だが、その余りの扱いに遂に優がキれた。

「何怒ってるのさ、君の可愛い後輩が漏らしたんだ。先輩の君がフォローするのは当たり前だろ?」

 そんな事も判らないのかとばかりに美里が冷たく言い放つ。

 確かに普通の状況だったらあっているかもしれないが……激しく間違っている様な気がするのは僕の気のせいではない筈だ。

 優が助けを求めて僕の方を見る。僕だって、動けりゃ優にそんな事させないし、美里の横暴を許す訳ない。だけど手足をがっちりテーブルの足に固定されてるんだ。どうしようもないじゃないか。頼みの綱は美幸だけど……たぶん当分眼が醒めないだろうなぁ……

 僕はのんきに眼をまわしている美幸の姿を見て溜息をつく。そして僕は優に諦めろと言った感じの目線を向ける。

「早くきなよ」

 美里が催促をかける。健太もその間中僕らの無言の会話を見ていた。どうやら健太も今の美里に逆らっても無駄だと感じたらしい。

「来たぞ」

 健太が挑戦的な言い方をする。どうやらさっきの恐怖はなんとか克服したらしい。でも、今の美里にその言い方はまずい様な気がするぞ、健太……。

 思った通り、美里はその言葉を聞き逃さなかった。

「僕に喧嘩売るなんて十年早いって前に言わなかったっけ?せっかく気持ち良い事してあげるって言っているんだ、素直に従いなよ」

 美里は健太に対し、軽く足払いを掛けた。健太はそのたった一動作で完全にバランスを失い美里の方へよろける。それを美里は上手く抱きとめ組み伏せてしまう。しかも僕の見える位置で……。

 酔っている筈なのだが……それを殆ど感じさせない動きだ。

「んふー、やっぱり良く見ると健太は可愛いなー、食べちゃおかな」

 そう良いながら、健太の乳首の辺りに残っている生クリームを人さし指で掬い、口に運ぶ。

「甘くておいしい」

 チュパチュパと指についた生クリームを舐めあげた美里はその唾液で濡れた指で今度は健太の乳首を弄び始めた。

「どぉ、健太?気持ち良い?」

「きっ、気持ち良くなんかないやいっ」

 精一杯の反抗をする健太。

「そうかなぁ……。僕なんか、ここクリクリってされたらすっごく気持ち良いんだけどなぁ」

 そう言いながらなおも健太のそこを弄ぶ美里。

「何だー、やっぱり気持ち良いんじゃないかー。ぷっくりと起ってきたよ?」

「気持ち良くなんかないってば!」

 否定する健太。

「じゃぁ気持ち良くしてやるー」

 美里はそう言うと健太の可愛い突起にむしゃぶりつく。

 舌をフルに使い、時にはわざと音をたてながら健太の身体にこびりついている生クリームやフルーツソースを丹念に舐め取っている。そしてその間もきちんと健太の突起を攻め続けている。

 その感触にぎゅっと眼を瞑り、必死に堪えている健太。そして美里の舌がいよいよ健太の大事な部分に及ぼうとした時に美里は一旦顔を健太の方に近付けた。

「け……ん……た。なんだかんだ言って結局気持ち良いんじゃないの?ちんちん勃ってきたよ?」

 そう言って美里は下の方へ戻っていく。

「健太のここらへん、おしっこ臭いね。僕が綺麗にしてあげるよ」

「誰のせいだよっ!」

 健太は美里から逃れようとしてもがくが、両腕は美里の両足で決められているので動く事が出来ない。

 美里はと言えば、健太の大事な部分を微妙に外し健太を追い詰めている。

「少し塩っぱいね、でもさっきから甘い物ばかり舐めてたから丁度いいよ」

「や……やめろよ!汚いんだぞ!」

「や〜だ。それに今やめたらこんなになってるここが可哀想だもん」

 そう言って、透明なぬるみを滴らせている健太の先端に指を走らせる。

「んっ」

「ほら気持ち良いんじゃないか、ヒクヒクしちゃってさ、もうヌルヌルだよ?」

 クリクリと本格的に健太の先端を虐め始める美里。しかし、それはすぐに終わってしまう。

「やっやだっ!」

 その言葉とほぼ同時に、健太は大量の白濁を美里の手の中に放ってしまう。

「早いよ健太」

 美里は指についた健太が放ったものを口に運ぶ。

「だって……だって!」

「もっと楽しませてくれなくちゃ」

美里は受け切れずに臍のまわりに溜まっている健太が放ったものを健太自身の窄まりに塗り付けようと手を伸ばした。その瞬間から健太の激しい抵抗が始まった。

「やだ!やだぁ!そこだけは絶対やだぁ!師匠たすけて!」

まぁ当然の事だ、だってまだ健太はその部分を弄られた事無いんだから。しかもこの後に何をされるかは、本人も良く知っている。だから健太は今迄に無く激しく暴れた。

 僕だって助けてやりたいが、いかんせん体を動かせない今はどうする事も出来ない。

「そっ、そんなに暴れるなよ!」

 さすがの美里も本気で嫌がる健太を一人で抑えるには多少無理があったらしい。健太がバタバタと動かした足が偶然美里を蹴りあげる。

「痛いなぁ。人の事蹴るなんて……」

美里は蚊に刺された程も感じていないのか平然としながら言っている。

「おい、もういい加減に止めてやれ。本当に嫌がっているじゃないか」

 僕がそう言うと美里は景気付けに酒をあおりながら僕に向かってきた。よかった少なくとも美里の興味はこっちに向いたみたいだ。その間に健太は体勢を整え身構えている。

「うるさいなぁ、もう……。それに全然説得力ないよ、こんなんじゃ」

 そう言って美里は僕の不本意ながら大きくなってしまった物を握る。

 ……いや……確かに説得力無いけどさ……、だってあんな痴態見せられたらさ……。

 美里は僕のそこを擦りながら健太の方を見た。その視線に気付いた健太は、ビクッと身を竦め更に警戒のポーズを取る。

「いい事思い付いちゃった」

 また、ろくでもない事言い出すんだろうなと思ったら、本当にろくでもない事を美里は言い出した。

「健太僕にやられるのがそんなに嫌?」

 健太は力一杯頷く。

「そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。だったら何個か選択肢をあげるよ」

 健太も何か嫌な予感がしたんだろう。

「な、なんだよ……」

「別に大した事じゃないよ。僕が嫌だったら、お前の師匠にやられるのと、先輩にやられるのとどっちがいい?ってだけだから。それともやる方がいいかな?師匠は今抵抗出来ないから楽にやれるよ?」

 ……またこいつは良くそんなろくでもない事を健太に押し付けるなぁ。しかしその問いには健太が即座に否定の返事をした。

「全部やだ!」

「そんなすぐに答えなくっていいじゃないか」

「お前もいい加減止めろっ!」

 いまだに僕の物を弄っている美里に対し僕は抗議する。

「何で?気持ちいいでしょ?」

 出ちゃいそうなんだよっ!そう言いたいのを我慢する。口にしたら最後、こいつエスカレートしかねない。

「気持ちよくない?じゃここは?」

 美里は指を舐めると僕の後ろをグリグリと揉んできた。

「ちょっ!待て!そんな所弄るなっ!」

 僕は必死に力を込めもがく。さっきの健太の気持ちが良く分かった。これはかなり恐い。指を一本あてがわれているだけでかなりの異物感を感じるのだ。しかも、美里は遠慮無く指を挿入しようとしている。何とかその恐怖感から逃れようと身体を揺するがテーブルがガタガタ言うだけだ。

「美里!お兄ちゃんにそんな事するなぁ!」

 今迄のやりとりを健太の後始末をしながら聞いていた優がすっ飛んできた。しかも、物騒な事に竹刀を携えてだ。

「もう怒ったぞ!」

 そう言って優は竹刀を正眼に構える。すると美里も多少ふらつきながらも僕を挟んで対峙する。

「ふーん、僕とやろうってんだ。勝てる訳無いのに」

「なんでだよ!先輩は強いんだぞ!お前なんかすぐにやっつけるんだからな!」

 優に絶対の信頼をよせている健太は美里の言葉に耳を貸さない。

「でも、ここにいる君の師匠はそう思ってないみたいだけど?」

 一瞬優の方を見て表情を曇らせたのを見られていたみたいだ。確かに健太が言った事は合っている。但し、それはここ以外でならと言う条件が有る。ここでは美里の言う通り優の方が不利なのだ。

「優……たぶんお前は勝てないから……やめとくんだ。美里に勝てるとしたら美幸しかいないよ。そこで寝てる馬鹿を起こせ」

「師匠!何で先輩は勝てないんだよ!」

「いいよ健太。お兄ちゃんが言うんだからボクはきっと勝てないんだ。それより健太は早く美幸を起こして」

「でも!何で先輩じゃダメなんだよ!」

 今さっきの問いを繰り返す健太。

「……狭いんだよ」

 僕の言葉に少し頭に血がのぼっていた二人はやっとその事に気が付く。まぁ他にも理由はあるが、頭の良い二人だそれはすぐに解るだろう。

「そっか……健太、美幸を起こしてよ。ぶっても蹴ってもいいからさ。たぶんそれ位の時間は稼げるよ。行くぞ美里!」

 言うが早いか優は美里に対して攻撃を仕掛ける。

 が、やはりかわされた。どうしてもこの部屋では僕の存在が邪魔になる。美幸は……邪魔は邪魔だが畳に直に寝ている分まだましだ。

 だが、僕の場合はそうもいかない。テーブルという剣道には少々高い障壁がある。さっきの一撃だって踏み込む場さえあればあれ程見事にはかわせなかっただろう。

 しかし、多少の牽制にはなったようだ。優の一撃と同時に健太が美幸の側に行き、ペタペタと頬を叩いている。

「兄貴、兄貴!起きてよ!兄貴ってば!」

 しかし美幸は頷くだけで一向に起きようとしない。

 優は美里を牽制しながら健太の方へ移動する。そこに美里がすっと寄ってきた為、優が竹刀を繰り出す。それを手で払う美里。

「あっ!」

 方向を逸らされた竹刀が行き着いた場所は僕の腹の上。しかもクリーンヒット……痛い……。

「お、お兄ちゃんごめん!」

「い、いいよ、気にするな」

 少し熱を持ち始めた腹をさすりたかったが……。優を動揺させたら美里の思うつぼだし……仕方ない今は我慢だ。

 しかし、今の一件は優にとってかなりのショックだったらしく、動きが眼に見えて悪くなった。明らかに僕の事を意識している。

「だから言っただろ?勝てないって」

 ジリジリと迫る美里に優は少しづつ後ずさる。

「もう!兄貴ってば!早く起きろよ!」

 健太が美幸を叩く音がベチベチとどんどん大きくなっている。

「……ん〜……」

「わ!ちょっと!兄貴!兄貴ってば!」

 ……寝ぼけてる……完全に寝ぼけてやがる……この馬鹿。

 一旦眼を開けたかと思いきや、美幸の馬鹿は健太を抱え込んでまた寝てしまったのだ。

 しかも!お前何の夢見てるんだ!腰が微妙に動いてるぞ!

「兄ちゃーん……」

 は?今なんて言った?

 その言葉には優も少しびっくりしたみたいだ。そして美里は明らかに狼狽した。思わず二人の動きも止まる。

「ちょっと兄貴!俺は兄貴の兄ちゃんじゃないよっ!」

 そう言って健太がもがくが、美幸は抱きついたまま離れない上に相変わらず腰を押し付けている。

「あのさ……美里……」

 僕が疑問に思った事を優が引き継いだ。

「美里達ってさいつも二人であんな事してるの?」

 答えのかわりに、美里は顔を耳迄真っ赤にして優の持っていた竹刀を奪い取る。そして竹刀を大きく振り上げると……。

「この……馬鹿美幸〜!」

 パッシーン!

 うわ……痛そう……。美里の渾身の一撃が美幸のお尻に見事にヒットする。これにはさすがの美幸も一発で飛び起きた。

「いってぇ!」

 美幸は一本赤く筋の付いたお尻を撫でながら竹刀を持っていた美里の方をキッと見据える。

「何すんだよ!このクソ兄!」

「うるさい!お前が悪いんだ馬鹿美幸!」

「オイラは何も悪い事してないやい!いきなりこんなので人の尻叩く事無いだろ!ボケ美里!」

 バチバチバチ……まるでそんな火花が飛びそうな二人の睨み合い。その隙を縫って、優と健太がコソコソと逃げる様に僕の側に移動してきた。

「お兄ちゃんさっきはごめんね。痛かったでしょ?」

「別に平気だよ。そんなのは後でいいからさ、せめてこれを解いてくれないかな」

 今は美幸と睨み合っているが、美里がどう言う動きをしてくるかが判断付かないので小さい声で優にお願いする。一触即発の罵りあいが続く中、優と健太は僕の手足を縛っている紐を解きにかかる。

「お兄ちゃん、これどうやって縛ったの?凄く固いよ」

 知るかいっ!僕は気絶している間に縛られたんだっての!

「何でもいいから早くしてくれ、カッターかなんかあっただろ」

「こら、どさくさに紛れて何してんだよ」

あ、やっぱ見つかったか。

「なるほどね、明兄ぃがさっきからテーブルでおとなしかったのは縛られてたのね。んでもって、兄ちゃんの相手はおいらだっての!」

美幸は優のほうへ身体を向けていた美里の腕を取る。

「やるっての?さっきだってすぐに負けたくせに?」

「うるさいっ!さっきは油断してたんだっ!」

そう言ってつかんでいた美里の腕を捩り上げようとする。しかし美里も豪語するだけの事はある、美幸が先制をしても簡単には行かない。逆に取られた腕を取り返し、更に足払いを仕掛ける。

「ぐべっ」

美幸がとっさに手をついたのは、またもや僕の腹の上。……もうどうにでもしてくれよ。

「あ、わりっ!ってか、邪魔過ぎ!早くどっか行って」

行ってって言われても……

「そんな事言ったって堅くてとれないよぉ!」

「じゃ、二人でテーブルごと動かしてよ!狭くてやってらんないよ!」

美幸は美里の攻撃をかわしながら叫ぶ。

「しまった!」

美幸がよそ見をした隙を美里が見逃す筈も無く、美幸は腕を取られ投げられる。

ドカガラッと美幸がぶつかったラックから優が買ってきたゲームやCDが崩れ落ちる。

「やったな!コノヤロ!」

すかさず立ち上がり体当たりをかます美幸。

バリッ!

美里が弾かれた先は押し入れ。大きな穴が襖にあく。

もういい!もうやめてくれ!お前等は僕の部屋を破壊しつくす気か!

 二人が動く度に何かしらの物が壊れていく。

僕が部屋の修理に幾らかかるんだろうと悲しみに暮れた時にドンドンドンと乱暴にドアをノックする音がした。

 取り合えず服を着ている優に玄関に行って貰う。

 そこから聞こえたのは壮絶な怒号。

「喧しいんだ!お前等は!」

 げげげ!その熊の様に野太い声は……

「し、清水さん!」

「おめぇ達騒ぐにしても限度って……」

 清水さんは部屋の惨状を見て絶句する。

 そりゃそうだ、服を着ているのは優と美幸だけ。と言っても美幸の服は度重なる掴み合いでボロボロ。部屋は目茶苦茶、部屋主はテーブルに縛り付けられている。

 さすがの清水さんでもびっくりしたらしい。

「清水ぅ二人の喧嘩止めてよ!ボク達の部屋が目茶苦茶になっちゃうよぉ」

 優は真面目に半泣きで清水さんに訴える。

まぁ、壊れた物の中に僕が買ってあげた物があったからな……。

 あれを買ってやった時の優の嬉しそうな顔は、今でも目に浮かぶからな。

「坊、どうせまたろくでもない事やってその結果がこうなったんでしょ」

さすが清水さん、良く判ってるなぁ。

「ま、本来だったら黙ってそのまま帰っちまう所ですがね、これは少しひど過ぎらぁ。それに俺は坊の泣き顔に弱ぇんだ」

清水さんは優の頭をぐしぐしと荒っぽく撫でてから二人の方へ行く。そして……ガン!ゴイン!と各々の頭を拳骨で殴る。

「テメェ等はこの俺に恥をかかす気かっ!坊を守るべき立場の人間が本人泣かせてどうするかっ!」

「すんません」

おや……普段なら何かしら反抗する筈の美幸が素直に謝っている。

「ぶったな、僕をぶったな!」

反対に美里の方が事もあろうに清水さんに向かっていきなり殴りかかる。

「酒臭ぇな……」

今の美里の攻撃は見事にみぞおちに決まっていた。多分僕なら悶絶しているだろう。だが、さすがと言うか何と言うか、清水さんには全く効いてない。

「反省の色が無い上に上司に殴りかかるたぁいい度胸だ。これでも食らって眼ぇ覚ませ!馬鹿者っ!」

ゴッ……清水さんの拳が美里の下顎を捉える。

少し……ほんの少しだけ美里の頭が揺れ、そのまま身体が後ろへ傾く。一瞬呆然としていた美幸が慌てて美里の身体を支えた。

「余計な手間かけさせやがって。美幸、そのまま部屋に置いて来い。お前はちゃんと戻って来いよ」

「はーい」

 美幸は返事だけをしてさっさと美里を部屋に引きずっていく。美幸の奴やけに聞き分けがいいなぁ……。

「坊、こんなもんでいいかい?もう泣くなや、坊は男の子なんだろう?」

 まだぐすぐす言っていた優はかろうじてうんうんと頷く。

「しかし明、お前ぇも情けねぇなぁ」

 ううっ……申し訳ない……。

 清水さんは僕の横に座り込むと優達が苦労していた結び目をいとも簡単に解いた。手足の緊張感が無くなり、僕はテーブルの上で身体を起こし思いきり伸びをする。うー身体の節々が悲鳴をあげている。

「すいませんでした、清水さん」

 そこに美幸が帰ってきた。

「おっちゃん、取りあえず兄ちゃんの事は布団に寝かせてきた」

「よし、じゃ事の顛末を全部話して貰おうか?」

 結局、僕達は今迄の全てを白状させられてしまった。清水さんはその話を聞いている最中、ずっと苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「まぁ、話は判ったが……阿呆か、お前ぇらは……」

「阿呆じゃないもん」

 優はすっと立ち上がって、先ほどの乱闘で翼の部分が根元から折れてしまったセスナのラジコンの前に座り込んでいる。

「坊、泣くなっていただろ?おっちゃんが同じの買ってやるから」

「これじゃなきゃ嫌だもん。これはお兄ちゃんが誕生日プレゼントに買ってくれたんだもん。だからこれじゃなくちゃ嫌だ」

 さすがに清水さんも困り果てたらしく、僕の顔を見た。僕は優の後ろからセスナの惨状を覗き込む。そして優の肩に手を置く。

「優、大丈夫だよ、これなら修理すれば直るさ」

「本当?」

「ほんと、ほんと。パーツを取り寄せれば大丈夫だよ。それとも僕の言った事信じられない?」

 優はフルフルと首を振り、やっと微笑んでくれた。

 僕は清水さんに頷く。少しほっとした様な表情を浮かべる清水さん。本当に優には甘いんだなぁ。

「おら美幸!とっとと片付けちまえ!」

「へーい」

 普段なら絶対に一言ありそうな場面なのになぁ。

「美幸、今日はずいぶん素直じゃないか」

「ああいう時のおっちゃんは恐いんだよ。兄ちゃんが殴られたの初めてだぜ」

 あぁ、やっぱり……そうじゃないかとは思ってたけど。その清水さんが今度は健太の方に歩み寄る。さっき迄の清水さんを見ていた健太はビクッと身体を強張らせる。それを見た清水さんは少し苦笑する。

「健太君よ。おっちゃんの事そんなに怖がらないでくれや」

 いや……普通怖がるって……。

「うちの連中がとんでもない事しちまって、悪かったなぁ。おっちゃんがお詫びになんか健太君に買ってやろう、健太君は何が欲しい?何でもいいぞ?」

「いいです」

「ガキが遠慮するなって!ほれ!好きなもん言えや!」

 ガハハと笑う清水さん。

「本当にいいんですか?」

「おう、何でもいいぞ!」

「じゃ、俺欲しい物があるんです」

 少し考えた健太が思いきって清水さんを見据える。

「何が欲しいんだ?」

「俺、先輩と同じラジコンが欲しい。先輩と一緒に空で飛行機飛ばせたかったんだ。でも高くてうちの親は買ってくれなくて…….」

「よし!おっちゃんが買ってやる!もし親御さんに怒られたらおっちゃんが言ってやるから心配すんな」

「いいの?」

「おう!いいともよ!」

 バンと胸を叩く清水さん。いいのかな?本当に高いぞ?

「そうと決まれば話は早い。明、そのラジコン売ってた所教えろや、一緒に修理しちまえ」

「でも、今日はもう終ってますよ?」

「そうか……じゃ、明日買いに行くから一緒に行くべ」

「やった!先輩、修理が終わったら一緒に競争しましょうよ!」

 完全に浮かれている健太。その無邪気さに優もつられたようだ。

「健太じゃまだまだ勝てないよ?」

「判らないですよ?俺だって負けませんよ!」

「そうそう、お前ぇらは暫く減給だぞ、覚悟しておけ」

 今迄ニコニコしていた清水さんは不意に真面目に美幸に言った。

「えー!」

「文句言うんじゃねぇ!その分は全部この部屋の修理に当てるんだ!当たり前の話だっ!」

 しくしくと美幸が落ち込む。まぁ災難だとは思うが……。

 次の日、顔を完全に変形させた美里が僕の部屋に来た。

「あの……明さん……。私、昨日何かしたんですか?全然記憶に無くて……。朝起きたら顔がこんなに変形してるし、美幸も優様も口聞いてくれないし」

「……まぁね。中にはいりゃ判るんじゃ無い?」

「あ、明さん迄なんか冷たい!本当に何をしたんですか?わた……」

 部屋に入った美里は絶句してギギィッと僕の方を見た。

「あの……これ私が……?」

 僕は頷く。少しは片付いたとは言え、壊れたラックや破れた襖等はまだそのままだから、はっきりいって僕の部屋はまだボロボロの状態だ。

 ズシーンと何かがのった様に肩を落としている美里。

「あの、皆さんに謝って来ます……」

「その方がいいと思うよ?美里はもう酒飲まない方がいいね」

「すいませんでした……」

 美里はとぼとぼと部屋を出ていった。

 しかし……、あの時の清水さんの一撃は凄かったんだなぁ……。完全に人相変わってたもんなぁ。

 数日後の日曜日、皆に謝り倒して何とか許しを貰った美里は僕達と健太のラジコンを飛ばす為の河原で僕に話し掛けて来た。

「この間は本当にすいませんでした」

「いや、いいよ。それより顔のはれは引いたんだね、よかった」

「まだ押さえたりすると痛いんですけどね」

「そっか」

「えぇ、あの後部長に凄く怒られました」

 当然だわな。健太のラジコン買った時に健太に見えない様に僕に寄って来て、何でオモチャがこんなに高ぇんだ!って怒ってたもんな。

「暫くは大人しくしてるんだね。でも美里があんな酒乱だとは思わなかったよ」

 僕は笑いながら美里を見た。美里は申し訳無さそうな顔をしている。

「私もです。もうお酒はこりごりですよ」

「お兄ちゃーん!美幸が競争しようって!」

「判った!今行くよ!」

「早く!」

「よし、美里、行こう」

「はい、明さん」

 僕達二人は優達のいる所迄走っていった。




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